『アフターダーク』を再読して
July 27, 2009
「感情がある文章」と「客観的で冷めた文章」。
リズムよく読めていたかと思うと、容赦なく寸断される。
レディオヘッドのアルバムみたいだ。
作中にゴダールの映画『アルファヴィル』の名前が出てくる。
『アルファヴィル』を観たのはもう随分と前のことなので、よく覚えていないけど、ゴダールの映画では突然、物語を遮るように文字が画面に現れたり、朗読が始まったりする。
それもまたリズムと寸断だ。
『アフターダーク』は他の作品と比べると読みづらい。
この印象は最初に読んだときと、そんなに変わっていないと思う。
「客観的で冷めた文章」による寸断のせいだ。
では、レディオヘッドのアルバムのように、繰り返すうちにこの寸断は心地良くなるのだろうか?
あるいはゴダールの映画のように、何度観てもその深みを理解することができないのだろうか?
いまのところ、その中間であるように感じる。
『アフターダーク』にある一歩引いた感じと、寸断は、読者の立場を当事者/第三者で切り替える。
それくらい両者の境は目まぐるしく入れ替わるのだと、言われているような気がしてならなかった。
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