『1Q84(村上春樹著)』を読み始めて
May 30, 2009
木曜日に立ち寄った本屋に『1Q84』が積んであって、BOOK1、BOOK2と2冊あるうちの、1冊を買った。
待ちに待った村上春樹作品の新作なので、今までとは読み方を変えて、ちびちび読もうと思っている。
夜寝る前に、うつ伏せになりながら、まず美しい装丁にみとれた。
まったく内容の予測もつかない状態。
タイトルからすると、1984年に関係しているのかなと、想像する。
でもなんで『9』じゃなくて『Q』なんだろう?
([2009/06/10 追記] 読んでいたら答えが出てきた)
つづいて目次を眺める。
各章のタイトルを続けて読んでいると、心がおどる。
たとえば、
『第7章 蝶を起こさないようにとても静かに』。
一体どんな話なんだろう?
ようやく(散々もったいぶって)、第1章を読む。
『アフターダーク』は少し文章のトーンが『海辺のカフカ』や『スプートニクの恋人』なんかと違った作品だった。
まだ読み始めたばかりだけど、『1Q84』は『アフターダーク』のように、他の作品と文章(文体)で違いを感じる作品ではなさそう。
第1章は、静かなはじまりと言って良さそうだけど、『ねじまき鳥クロニクル』に出てきた「ノモンハンの話」のように、なんとなく、どこかに歴史的な重い話が絡んでいるような気がする。
2月にエルサレム賞受賞のスピーチで、村上春樹さんは次のようなことを話していた。
小説家というものは、どれほどの逆風が吹いたとしても、自分の目で実際に見た物事や、自分の手で実際に触った物事しか心からは信用できない種族(「文芸春秋 2009年4月号」より引用)
『1Q84』の登場人物がそれと似たようなことを話す場面があって、印象に残った。
今ここで本当に何が起こっているかは、自分の目で見て、自分の頭で判断するしかありません。
ここ何年かでアメリカに起こったこと、世界で起こったこと。
それに対してどう向き合うべきか、どういう表現でかはわからないけど、きっとこの作品に落とし込まれているのだろう。
文学研究者じゃないので、細かく比喩を分析しながら読むのではなく、感覚でそれがわかればいいな、と思う。
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