一度はギークを目指せばいい(『おもてなしの経営学』を読んで)
March 29, 2008
アップルにできたこと(iPod+iTunes+iTunes Store)が、なぜソニーにできなかったのか。
『おもてなしの経営学』の著者の出した答えのひとつが次の言葉だ。
スーツ族とギーク族の軋轢(『おもてなしの経営学』引用)
アップルは『ギーク』の心をつかめる『スーツ』がリーダーだった。ソニーはそれができなかった。
また、別のコラムでは次のように述べている。
この時代にいちばん必要なのは「ビジネスのことがわかる技術者」であり、「ITのことがわかる経営者」である(『おもてなしの経営学』引用)
同じタイミングで『世に棲む日日(司馬遼太郎著)』を読んでいるが、長州藩で一時期、政策を仕切っていた村田清風が吉田松陰に話した内容もこれに近いことを言っている。
鉄砲の操法や部隊の進退法に達しない者は戦術を語るな。つまり実技のやれない者は理論をいうな。その逆も真である。孫呉(孫子・呉子、戦術)に通ぜぬ者が、実技を論ずるな(『世に棲む日日』引用)
無理矢理置き換えれば、『ITを理解しない者が経営を語るな、ビジネスを理解しない者が技術を語るな』となる。
僕の身の回りの実情を考えると、スーツ卒ギークというのは成り立ちにくい。でも、ギーク卒スーツならそれよりかは成立しやすい。ただ、プログラムを書いている時代(ギーク時代)に、ビジネスを意識している人は少ないと思う。大きな組織であればあるほど。
ともかく、単純な対立構造にしてしまうと日本の発展はないということなんだろう。
ここで『世に棲む日日』からもうひとつ引用したい。吉田松陰について書いた文章だ。
この時期の松陰自身は気づかなかったが、専門者でなく総合者であるようだった。そのするどい総合感覚からあらゆる知識を組織し、そこから法則、原理、もしくは思想、あるいは自分の行動基準をひきだそうとした(『世に棲む日日』引用)
日本から生まれる『ギーク族』の心をつかむ『スーツ族』というのはこのような性質を持った人物なのかもしれない。完全なギーク卒スーツである必要はない。ギーク挫折スーツだったら、さらに成立条件が増える。
いずれにせよ、一度はギークを目指すと物事の判断がつき易くなる、これは保証できる。
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