新帰朝(『翔ぶが如く』より)
December 18, 2007
『新帰朝』とは、はじめて聞く言葉である。明治の初期に生まれた言葉のようだ。
『翔ぶが如く(一)』に次のようにある。
『欧米文明という、アジア世界とはまったく別系列の文明に接し、それに一大衝撃をうけ、その衝撃から日本的現実を批判し、一年に一センチでもいいから日本を欧米に近づけなければ日本はほろびるという危機感をもった人を指す(引用)』
以前のエントリー(『誤解。オープンソーシャルは関ヶ原の戦い』)で僕は(実はそこまで固まっていない)オープンソーシャルをうたうGoogleを東軍、なんか担ぎ上げられたFacebookが秀頼や三成な感じがして、関ヶ原の戦いのようだと書いた。
『SNSのBebo、APIを公開(ITmedia News)』によれば、アメリカのBebo(触ったことないですが)というSNSがオープンソーシャルに参加しながらFacebook準拠のプラットフォーム公開を考えているようだ。GoogleとFacebookが歩み寄る可能性はまだあるが、第三勢力は東軍西軍の出方をうかがっているようで、僕の関ヶ原の戦い気分をあおる。
一方、冒頭で述べた『新帰朝』という言葉は明治初期の言葉だ。
『ウェブ時代をゆく』では福澤諭吉の言葉を引用し、ウェブ時代を幕末から明治の変化になぞらえる。
『関ヶ原の戦い』も大きな節目の出来事であることは間違いない。戦国時代から江戸時代になり、地方(外様大名)の力は参勤交代などの仕組みにより、すり減らされた。もしオープンソーシャルやその他(アンドロイドやGoogleドキュメントなど)の施策が天下取りを進めるためのもので、その後のながい幕府を想定しているものだとすれば今の状況は『関ヶ原の戦い』でいいようにも思う。でも誕生間もない明治政府を描く『翔ぶが如く』を読んでいると、今の時代をたとえるのに、なるほど明治の方がしっくりくるところがいくつか出てくる。
新政府で重要なポストにつく岩倉具視は佐幕、倒幕、攘夷(外国拒否)、開明家とつぎつぎ乗り換えた。木戸孝允(桂小五郎)も尊王攘夷だったのが、開明家へと変わっている。この身のこなしや節度のない思想の鞍替えが、ウェブ時代にも必要なのかもしれない。
幕府をウィンドウズ的な思想として、攘夷でいうところの外国をオープン化だと置き換えると面白い。マイクロソフトも少しずつだけど開明家に向かっている。NTTなんかは佐幕な感じがする。昔の出来事に今をたとえるのはあまり意味のないことかもしれない。けれども歴史は繰り返すと言うし、『関ヶ原前後』『明治維新前後』の両方からウェブ時代を見つめていこうと思う。
ただ僕が持っている危機感は『新帰朝』がもつ危機感と近いのは確かだ。『新帰朝』の説明にある『欧米』箇所を、『オープン化』に書き換えてみると、次のようになる(その他もちょこっと書き換えてみる)。
『オープン化文明という、これまでとはまったく別系列の文明に接し、それに一大衝撃をうけ、その衝撃から日本的現実を批判し、一年に一センチでもいいから日本をオープン化に近づけなければ日本はほろびるという危機感をもった人を指す』
というわけで、今日から『新帰朝』派を名乗ろうと思った次第。岩倉や木戸のように途中で鞍替えしても悪しからず。
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